Thank you Sydney, Goodbye Sydney.
2010年 12月 22日
こんばんは、Nです。

まるで、小学校の夏休みに毎日書かなければならなかったはずの日記を8月31日に全部まとめて書こうとしているような気分です。習慣とは大事なんだな、継続って大事なんだな、と思いつつ、ブログをUPしなかった日々を思い返しています。
この人この人この人や、まだまだがんばるこの人のように、ちゃんとコンスタントにブログをUPし続けている人たちにはほんとうに頭が下がります。ブロガーたるもの、そうあるべきです。

さて、もうどこから書こうか悩んでしまうほど時が経ってしまいました。そしてその間にいろいろなことが起こりました。そしてそして、この文章は、日本へ向かう飛行機の上で書いています。某SNSサイトに “Thank you Sydney, Goodbye Sydney” なんて別れのメッセージを書きこんでから12時間ほどが経ち、今、客席前方のモニターはこの飛行機がフィリピン海の上空を飛んでいることを示しています。

僕はNumberという雑誌が好きで、この雑誌がサッカー特集をするときはシドニーでもほぼ毎回買っていました。引越しの準備をしているときに、英語の本は教科書以外はあまりないのに、やたらと日本語の本、特にNumberが多いことには自分でもあきれてしまいました。“越境秘話”とか“越境最前線”、“海を渡った日本人”なんてタイトルのものは特にお気に入りで、自分もいつかああなりたい、と、まるでどこかのサッカー少年のように、強い憧れを抱いていました。サッカー以外のスポーツはほとんどわかりませんが、野茂や田口壮などの記事もよく読みました。

もちろん、誰しもが成功するわけではありません。1年で帰国してしまった名波や小笠原、柳沢、越境してから残念なことにその知名度を少しずつ落としていった広山望や福田健二、逆に海外で成功したものの日本に帰ってきて大きく調子を落とした高原直泰など、“越境”には大きなリスクが伴います。しかし、それでも異なる文化圏へ飛び込んでいくサッカー選手たち、そしてそこで待つ新鮮な日々のできごとは本業の中でも、本業以外の場面でも大きな刺激となって人間を一回りも二回りも成長させている、そんな経験を僕もしたいと思っていました。

そして、サラリーマンを辞めて渡豪してから2年半が経ち、ついに帰国に至りました。
博士課程へ進学したいと思ってみたり、またオーストラリア国内での就職の可能性や永住権取得も調べましたが、現在の自分にとって、手の中にある選択肢の中では最善と思われた、日本での就職を選びました。
8月下旬に修士論文を提出し、9月中旬にその発表プレゼンテーションをしてからは、学会誌への投稿と職探しという二つの大きな目標を掲げ、学生ビザを延長してさらに3ヶ月ほどシドニーに滞在しました。幸いなことに学会誌への投稿は一応の準備が終わり(もちろんacceptされるかどうかなんて全くわかりませんから、もちろん載らないかもしれません)、就職先も見つけることができました。

日本での就職が見つかったことは本当にラッキーでしたが、平行してトライしていたオーストラリア国内での就職の面接は今振り返るとエキサイティングなチャレンジでした。そのときはもう口から心臓が飛び出てくるんじゃないかと思うほど緊張して夜も眠れなかったのですが、Aussieの友人やかつてのホストファーザーに面接練習の相手になってもらったり、大学の友人たちと情報交換したり、入手した情報を元にモデルアンサーを作ったりするなかで、授業の内容を振り返ったり、自己アピールについて考えたり、はたまた日本とオーストラリアの違いを強く感じたりと、緊張していたものの非常にエキサイティングな日々でした。

さて、帰国を前にして、いつもお世話になっているこの人をはじめとした多くの友人たちとのfarewell dinnerが何度かありましたが、シドニーでの“最後の晩餐”(笑)は、かつて一緒にフラットをシェアしていた日本人シェフの家族の家に招かれました。その日本人シェフは、すでに家族でオーストラリアに永住している韓国人の女の子と昨年結婚して、シドニー郊外にある奥さんの実家の近くに現在は住んでいるのですが、最後のdinnerはその奥さんの実家に招いていただきました。翌日(今日)の出発が早朝4時と早かったので、せっかく呼んでいただいたのに1時間半ほどしかご一緒できなかったのですが、“韓国風”生春巻きのディナーをいただきました。そのご家庭は敬虔なクリスチャンの一家なのですが、家の中はきれいなクリスマスツリーが飾ってあり、ステレオからはクリスマスキャロルのCDが流れていました。壁には一面に家族の写真、それから僕のシェアメイトだったシェフとの結婚式の写真が飾ってありました。なんともいえない、家族愛にあふれるご家庭のディナーに呼んでもらい、素敵なシドニー最後の夜を過ごしました。

そのdinnerの最中、元シェアメイトの奥さんから「日本に帰ってしまったら、シドニーの何を一番恋しくなると思う?」と聞かれました。
うーん、と、ちょっと考えてから、オーストラリアのビール、と答えました。
あ、それから、1月を除いて年間ずっと温暖な気候、ぬけるような青空、と答えました。
しかし、その後もこの質問が頭から離れず、飛行機を待つ間も飛行機に乗ってからも、この質問のことを考えていました。

もっと時間が経つとまた違った答えが思い浮かぶかもしれませんが、今なら、Newtownへ抜ける大学の裏の門、と答えます。

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この門は、大学の物理学科の校舎からNewtownへぬけるときには必ず通る門です。クラスの友人たちとNewtownへランチを食べに行ったとき、Newtownで友人とビールを飲んだとき、それから論文を書いていたころ夜9時や10時ごろにタイレストランへ一人夕食を食べに行ったときなど、幾度となくこの道を通りました。特に論文で苦戦していたとき、この道を歩きながらひとりで見上げた満月は今も忘れることができません。

さて、いろいろと書いている間に飛行機はかなり日本に近づいてきました。もうちょっとしたら電子機器の電源を切るようアナウンスがあるはずです。そんなわけで日本に戻ってしまいますが、いくつか留学を振り返っての記事を帰国後にUPしたいと思っています。

留学は終わってしまいますが、人生(=旅)はまだまだ続きます。それでは、また。
Bon Voyage.

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# by manakano1972 | 2010-12-22 23:06 | 日々の雑感 | Comments(3)
2022年のワールドカップ開催地決定
2010年 12月 03日
こんばんは、Nです。
そのうちまとまった記事をUPしよう、と思っているうちに、もう12月になってしまいました。

で、今日も、あまりしっかりしていないエントリをUPしてしまいますが、ごめんなさい。

今日未明に2018年と2022年のワールドカップ開催地がロシアとカタールに決まりました。

W杯も「新たな土地へ」=新規開拓選んだFIFA

日本は“2002年に開催したのに早すぎる”という見方を覆すことができなかったのが大きな要因だったようです。オーストラリアも開催国に立候補していましたが、早々に敗退してしまったようです。



2022年の開催が決まったカタールですが、興味深い記事を見つけました。この記事は2008年に書かれたものです。

世界一退屈な街の世界一贅沢なフットボール。

カタールは近年とても強くなっている国のひとつですが、この記事が本当ならば、2022年は本当につまらない大会になってしまうかもしれません。ワールドカップを愛する人間としては、とても残念です。

では、また。

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# by manakano1972 | 2010-12-03 22:58 | サッカー社会学 | Comments(0)
Melbourne Cup 2010
2010年 11月 04日
こんばんは、Nです。

早いもので、もう11月になってしまいました。
最近いろいろ忙しくてテンパっていたのですが、11月1日の夜に、この人から「Nさん、明日Melbourne Cupですよ」と連絡をいただきました。すっかり忘れていたので、連絡をもらわなかったらあやうく今年も買いそびれるところでした。

というわけで、今後の僕の人生を占うべく、11月2日に、行って買ってきました。
行ったのは大学近くのRoyal Hotel、ここでは 2008年のMelbourne Cupも観戦しました。

で、買った馬券はこちら。
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店の中は、こんな感じ。2時ぐらいに撮ったんですが、出走は3時だったので、まだそんなに混んでないかな。
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そして、平日の3時だというのに、飲むわけです。
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そして、出走。
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結果は・・・・(こちら


・・・よかった、運をここで使わなくて。。。

ま、かすることもなく、負けてしまったわけです。
ケッ、どうせオレの人生なんて、そんなもんさ。

というわけで、勝者の笑顔。
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さらにもう一枚、勝者の笑顔。
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今日の敗因は、彼女の胸元が気になってしまってレースに集中できなかった、ってところでしょうか。

シドニーはなかなか寒い日が続いていますが、ジャカランダがきれいに咲いています。
こちらは大学の中。
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こちらはTown Hall。
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Melbourne Cupで使わなかった運を今後に生かすべく、まだまだ精進しなければなりません。
では、また。

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# by manakano1972 | 2010-11-04 16:46 | シドニー生活 | Comments(2)
38歳の地図
2010年 10月 27日
こんばんは、Nです。

論文でなんであんなに苦戦したのか、とか、留学から2年たって思う自分自身の英語力のこととか、学生ビザを延長したときの苦労話とか、いくつかこのブログに書きたい話があるのですが、なんだかこまごまとしたことでまだバタバタしているせいで、なかなか書ききれません。
忙しいというほどではないのですがそれなりにすることがあったりして、あとはもともとの自分のtime managementの下手さもあって。

しかし、オーストラリアに来て2年と3ヶ月が過ぎたことになりますが、自分の英語力の伸び悩みには泣けてきます。ということで、今感じている自分自身の英語力のことについてちょっと書こうと思います。もちろん2年前に比べれば格段に上達しているのでしょうが、自分の現在のレベルと到達したいレベル(2年たって到達したいと漠然と思っていたレベル)のあいだにある大きなギャップに悩む日々を送っています。まあ、単純に努力が足りなかったのでしょうから、すべては自業自得なわけですが。
思えば初めてIELTSを受けたのが36歳の誕生日の前日で、このとき他のスコアは軒並み5.5から6.0だったのにspeakingだけなんと7.0を取ってしまいました。当時の僕は逆にreadingが非常に苦手で(このとき5.5)、語学学校の先生からは、日本人としては非常にめずらしいパターンだ、と、ほめられているのかなんなのかよくわからないコメントをもらったのを覚えています。その後、speakingの7.0なんてスコアは吹けば飛んでしまうような大したことのないものだということを大学院の授業が始まってから知るのですが・・・。

僕の英語はもともと半分ぐらいがいわばbody languageでして、こういっては変な話ですが“単語を知らなくてもある程度コミュニケーションできる”という、なんの能力なのか良くわからないコミュニケーション能力を備えていたようで、「英語が上達しなくてもそれなりにコミュニケーションできる」ことでその場その場をしのいできてしまったのかもしれません。そして今、そんな場当たり的な対応ではにっちもさっちも行かないという状況に遭遇することが多くなってしまいました。まあ、そんな英語力はしょせん海外旅行で困らないという程度だったということでしょう。

日本でサラリーマンをしていたころは、まわりの友人たちと比べると僕はどちらかというと英語はできるほうだったので、時々友人や後輩からアドヴァイスを求められることがありました。英語が上達するためのコツは何か?と聞かれるたびに「“英語を話すのが恥ずかしい”と感じてしまう心理状態から早く脱すること」「下手でも恥ずかしがらずに話すこと」と答えてきました。皮肉なことに、留学から2年たって、ネイティブの中にいるときや日本人も交えた多くの国籍の人たちと話すときに、英語が下手な自分を強烈に恥ずかしく思っている自分、ネイティブの中で英語を話すことを恥ずかしがってしまっている自分がいることに気づくことが最近多くなりました。当然、英語力は急には伸びませんから、また少しずつ少しずつ、人とのコミュニケーションのなかで上達させていくしかありません。それでも、僕らしい、friendlyな、決して乱暴でない、そしてできれば丁寧な、決して若者のようになれなれしくし過ぎることのない、そんな言葉を獲得していきたいと思っています。

僕が住んでいる家には、中国人が2人、イギリス人とドイツ人が1人ずつ、そして日本人が1人(僕)と5人が住んでいますが、UTSでenginneringの助教をやっている中国人と最近キッチンでそんな英語の話になって、彼は「中国からシドニーに来て7年になるが、込み入った仕事の話を考えるときは今でもまだ中国語で考えている、7年たってもこうだ。それでも面接やプレゼンテーションを乗り切らなきゃならない。そのためには、十分な準備をする以外に方法はない」と言っていました。まさに僕が最近悩んでいたことそのものズバリだったので、目からうろこが落ちるような思いでその話を聞きました。「それでもがんばる」それ以外にないんだなぁ、と。

さて、シドニーに留学してから3度目の誕生日を迎えました。一部の人たちには「イェーイ、28歳!」なんて言っているのですが、なんと38歳になってしまいました。大台まであと2年。とある友人からは“まだ2年!”と言われました。仕事に忙殺される日々の中で漠然と留学を考え始めたのが33歳、実際に会社を辞めて留学計画を実行に移したのが35歳。そのときはまだまだ時間はあるような気がしていましたが、留学も終盤を迎えて年齢も38歳となり、人生の折り返し地点をすでに通過したということに今更気づいている今日この頃です。

” 17のしゃがれたブルースを聴きながら
  夢見がちなオレはセンチなため息をついている ”


それから21年経ってしまった今でも、夢見がちでセンチなため息をついています。
しかしながら、いいかげん夢見がちでセンチなため息をついている場合でもなくなってきたので、そろそろ、いろんなもの、大事なもの、を見据えていかなければならないと感じています。

尾崎豊の“十七歳の地図”という歌をはじめて聴いたのは14、5歳だったはずですが、このとき、自由に生きる、なにものにも縛られない、といった彼のメッセージに強烈に心を揺さぶられたのですが、20年以上たって今、果たして自分の生きかたはどうなんだろか?もし日本に帰っても”自分は自分だ”と声を大にして言えるのだろうか?なんてことがふと頭をよぎったりして・・・。

・・・ま、いっか。ビール飲んでこようっと!
それでは、また。

下は、物理学科の反対側にある教育学部のビルの間から、物理学科を向いて撮ったものです。
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# by manakano1972 | 2010-10-27 23:30 | ”17歳の地図”からの距離 | Comments(8)
夏休みの宿題を8月31日にする男
2010年 10月 22日
こんばんは。Nです。
ほぼ2ヶ月、このブログを放置してしまいました。すいませんでした。
定期的に読んでいただいていたかたもいらっしゃったかもしれませんが、ここまで更新しなかったら、もうみんな見に来てくれないだろうなー。。。
ま、いっか。そのほうが好きなことを勝手に書けるってもんだ。
と、いつもの意味不明なPositiveぶりを発揮して、ほぼ2ヶ月ぶりに更新しようと思います。

さて、8月後半から9月中旬にかけて、例の論文で、死ぬかと思いました。
でもこれは、タイトルの通り、僕が夏休みの宿題を8月31日に泣く泣く徹夜でやるタイプの人間だからなのだと思います。小学校の頃からなにも変わっていないという、なんとも情けない限りです。
そんなわけで、もっと人間ができている大人のみなさんは前もって計画的に進めてうまくいくはずなので、僕のこの「大変だった」という記述が、そのまま”オーストラリア留学でのcourseworkの論文が大変だ”ということにはならないような気がしています。

しかしながら、少しずつ思い出しながら、あのショッキングな出来事と、それを含めた苦闘の日々についてつづっていこうと思います。

論文提出期限は8月30日月曜日だったのですが、その前の週の水曜日25日、これまでオーストラリアでの日々を共に過ごしてきた愛しのVAIOくん(ちなみにtype Z)がまたもや意識不明、そのまま帰らぬ人ならぬ帰らぬPCとなってしまいました。
なんてこった!しかもこのタイミングで?!?!
25日の午前中に何度も再起動したり、リカバリディスクを試したり、いろいろやりましたが、VAIOくん意識不明から2時間たったころ「これはもうだめだ、なんとか論文提出までの1週間を乗り切る別な方法を考えなければ」と、方向転換を決意。いつもお世話になっているこの人この人に急いで携帯からメールをしたのでした。

教訓:持つべきものはPCを複数台持っている友人である。

というわけで、程なくしてお2人から「貸せるパソコンがあります」と、まるで神の声のような返事が!
ひとつはちょっと重ためのPCだけどEndnoteがインストール済み(Endnoteについては、こちらこちらをご参照ください)、もうひとつはちょっとスピードが遅いけど小さくて軽くて持ち運びに便利、というわけで、なんと2台ともお借りしてしまいました。

そして、このころにはほぼ1日おきに徹夜をするような状態で、27日ごろに、細かいところはまだまだではありましたが、なんとなく全体的にそれっぽくなってきて、さらに28日、29日と大学の同じ講座の友人のPCを借りたりして、そのまま講座のオフィスで徹夜をつづけ、supervisorの先生は週末だというのに家で僕の論文をチェックしてくれて、30日の朝にはなんとかそれっぽいものが出来上がりつつありました。その後、大幅変更後に先生にチェックしてもらっていなかったAbstract、Introductionなどの英語を講座の友達のカナダ人にチェックしてもらい、もう意識朦朧とする中で4部製本し、提出したのでした。
本当は、1部印刷してからそれで全体の最終チェックするつもりでしたが、もはや集中力が限界で、残りの3部も印刷して、しっかりした最終チェックはほとんどないままに提出してしまいました。
当然、直すのを忘れた英語やグラフタイトルなどが後から2,3ヵ所発覚してしまうわけですが。。。後の祭り。

PCのクラッシュですが、論文に関するデータは全部USBメモリに入っていたので問題なし、Endnoteのデータだけ影響を受けましたが、それでも以前に取っておいたバックアップデータがかなり最新に近かったので、なんとかなりました。
また写真がなくなっちゃいましたけど・・・。

その後、9月16日に学内での論文の発表プレゼンをしました。25分発表、5分質疑で合計30分なんですが、普通1時から2時まで、30分×2人の発表が行われるはずがこの日は僕一人だったので質疑は10分ほどしていたそうです。

そんなわけで、修士論文は修了、今は学生ビザを延長して、まだ病院や大学に出入りさせてもらっています。なにをやっているかは、もうちょっと固まってきてからここに書きたいと思っています。

まだいくつか書きたいことが残っていますが、今日はこの辺で。
下の写真は、プレゼンの準備中、たしか9月13日の月曜日だったと思いますが、夕方一度家に帰る途中で撮った虹です。右手にあるのはGlebeのTown Hall、虹はシティのどまんなかから上に延びているように見えました。

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# by manakano1972 | 2010-10-22 09:51 | 専門の勉強、大学院の話 | Comments(7)